10/2 朝日新聞【be】「逆風満帆」(上)
■党で90万票得て落選
道路問題、ダム、ODA、行政監視委員会……。そんな名のファイルをより分けながら、元参議院議員で俳優の中村敦夫(64)は「本当に政治をやる国会議員もいるんですよ」と静かに笑う。
政治家として奮闘した日々は、7月12日未明に幕を閉じた。自らが立ち上げた新政党「みどりの会議」から比例区で立候補、党は90万票を獲得したが、1議席もとれなかった。中村個人名で20万票を得ていたものの、落選した。
選挙後の7月22日、中村は政界引退を表明し、党も10月末で解散することを決めた。
「もう64ですよ。俳優だから若いフリしてきたけど、ずーっと疲れてた」
東京・四谷の党事務所は9月に引き払った。書類の整理をしながらも、中村の表情や口調はさっぱりしていた。
「次は何するかって? 皆さんすぐそう聞いてくる。でも、何もしないのが一番なんだよ。1年ぐらい休みたい」
6年前、参院東京選挙区で70万票を得て初当選したとき、こんな句を詠んだ。
「嵐とて どこ吹く風よ オレの道」
ドラマで演じた木枯し紋次郎のように、政治家としての中村もまた、一匹オオカミだった。その姿勢は、「あっしにはかかわりのねえことでござんす」と言いつつ、結局は民衆の側に立ち、敵に切り込んでいく紋次郎と重なる。
中村の手元に、厚さ10センチもの分厚いファイルが4冊もある。環境団体などからの依頼書だ。年間150もの依頼がきた。00年からは、超党派の「公共事業チェック議員の会」会長として活動した。環境破壊や将来的な財政負担を問題視し、全国のダムや林道、ごみ処分場などに足を運んだ。その数は27都道府県、70カ所以上に及ぶ。
熊本・川辺川ダムは99年に訪れて地元村長らと意見交換して以来、建設省(当時)などに生物の保全策や洪水調節機能などについて何度も質問書を出した。
静岡空港も視察し、「需要や採算、安全面で現実性のない計画だ」と批判する中村と、推進派の知事らが対立。昨年は159人の国会議員の反対署名を県に提出した。
中村の動きは、公共事業に対する世間の関心を高める効果があった。だが、静岡空港は今年3月、国交省から改めてゴーサインが出た。膨大な予算に、役人の天下り先となる特殊法人や政治家、業者が群がる公共事業という利権の壁は厚い。
「議員のだれもがやりたがらない仕事だった。先頭に立った敦夫さんが一番輝いていた」。参院で中村と会派を組んだ福祉活動家の黒岩秩子(ちづこ)は、こう振り返る。
■官に刀で生身の戦い
中村の戦いの相手は、主に「官」だった。議会は完全に儀式化し、官僚のつくった段取り通りに進んでいた。
議員のほとんどが団体や組織をバックにしているため、役人と対決できずにいる。「こっちは何にもないから、血刀下げて、生身の戦いをするわけ」
商社とも食品業界とも関係のない中村は、牛海綿状脳症(BSE)問題で肉骨粉の輸入ルートの解明を農水省に求め続けた。偽装事件の温床ともいえる不透明な牛肉買い取り制度もただした。だが、官側は「企業秘密」を盾にまともに答えようとしない。
民の側に立つほど、損な話ばかり。それでも、理不尽なことに我慢できない中村は、愚直に抵抗を続けた。
239対1。参院本会議での議決で、この「1」が中村だったことが何度もある。たとえば外国人登録証の携帯義務の廃止見送り。「『後で見直す』という付帯決議があっても廃止されない」と、1人反対した。「政治は数じゃなく質だ」と中村。「1」があることで、問題が顕在化する、という。
「挫折感なんて感じてたら続かないよ。地獄と結婚したような状態。えんま様に謝って仲間に入れてもらうか、戦い続けるか」
俳優は脚本通りに演じるが、政治家は理念と政策を体現する。俳優は演じ終われば次の役をやっていいが、政治家には一貫性と公的責任が必要だ——。真剣勝負をしてきた中村の精神も肉体も、限界に達していた。
(10/2 朝日新聞【be】「逆風満帆」上)