著書紹介

  • 中村 敦夫: ごみを喰う男

    中村 敦夫: ごみを喰う男
    俳優で政治家経験もある著者が、ゴミ、産廃問題を下敷きに描く社会派推理。現場調査を重ねた意欲作。 ゴミを通して現代が見える。

  • 中村 敦夫: 「さらば、欲望の国」

    中村 敦夫: 「さらば、欲望の国」
    欲望の大国から、環境立国へ! 現在の日本・世界が抱える様々なテーマを入口に、その構造を突き詰める。地球の限界についての認識と、社会やライフ・スタイルの転換を熱く提唱する。

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2005-03-26

日本丸の舵は誰がとる

 泥酔して路上の女性を襲う国会議員、賄賂(わいろ)で裏金づくりをする大物幹部、答弁ができずに立ち往生する大臣、「人生いろいろ」など、詭弁(きべん)で逃げまくる首相。これでよく国が運営されているなと不思議に思う人もいるだろう。
 日本丸の舵(かじ)をとっているのが誰か見えない。
 ふつうに考えれば、国民が選んだ国会議員たちの頂点に立つ総理大臣ということになる。しかし、総理大臣は目まぐるしく代わる。90年からの10年間で8人も交代した。平均すれば、1人1年3カ月の在任だ。要するに、誰がやっていても大勢に影響はないということになる。小泉内閣は例外的にやや長いが、他に玉がいないというだけで、特別指導力があるわけではない。
 形式的に言っても、総理大臣には決定権がない。内閣の重要課題は、閣議で決定される。ここでは、総理大臣は閣議の議長でしかない。
 となれば、閣僚は相当に有能な人々で構成されなければならない。果たして、現実はどうだろうか。
 法務、外務、財務、農政、厚生等々、重要な分野があるが、ほとんどの大臣は門外漢である。大臣就任は派閥力学や当選回数という、およそ理不尽な理由で決まるからである。担当省庁の行政に通じている人はまれである。それどころか、何の見識もない人も大臣になる。必然的に官僚のあやつり人形にならざるを得ない。答弁も、渡されたペーパーを読むだけになる。
 各種委員会では、官僚が前日に議員から質問の内容を取りに来るのが慣習になっている。前もって大臣用の答弁を作るためだ。私はよく質疑の流れによって即興の質問を加えたり、順番を変えたりした。ところが大臣が対応できず、尋ねてもいない質問の答えを先に読んでしまうことが度々あった。
 このレベルの人々が、閣議で重要な課題を論議できるはずがない。となれば、おぜん立てをするのはだれか?
 各省庁のトップ官僚で構成する事務次官会議である。彼らが省庁間の調整をやり、法案や政策を決定する。余程のことがないかぎり、閣議はそれを追認するだけである。
 つまり、日本の政治の実質的な最高権力は、国会でも内閣でもなく、官僚機構だと言うことになる。
 大臣だけが問題なのではない。国民の生活を左右する法律案は、年間150本以上も出てくる。大政党の議員は、党の指令で賛否のボタンを押せば済む。一匹狼(おおかみ)の私は大変だった。たった1人の政策秘書と顔をつき合わせ、法案の内容を吟味し、判断するのに悪戦苦闘の連続だった。
 米国の場合は、議員1人あたり数十人の専門スタッフがつく。議員に情報や知恵を提供するので、政治家の質が高くなる。
 日本では、衆参合わせ727人の議員にそれぞれ1人ずつの政策秘書がいるだけだ。これに対し、霞が関には、七千余人の官僚がうごめいている。10倍の差だ。
 結局、重要課題は官僚に丸投げした方が楽だという気分が政界を覆う。小泉改革も、丸投げ、サジ投げの連続だ。
 官僚主導の政治が続く限り、官僚の福祉のために国民が奉仕することになる。

(2005年3月26日「朝日新聞」別冊【be】「読み解く」より)

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