著書紹介

  • 中村 敦夫: ごみを喰う男

    中村 敦夫: ごみを喰う男
    俳優で政治家経験もある著者が、ゴミ、産廃問題を下敷きに描く社会派推理。現場調査を重ねた意欲作。 ゴミを通して現代が見える。

  • 中村 敦夫: 「さらば、欲望の国」

    中村 敦夫: 「さらば、欲望の国」
    欲望の大国から、環境立国へ! 現在の日本・世界が抱える様々なテーマを入口に、その構造を突き詰める。地球の限界についての認識と、社会やライフ・スタイルの転換を熱く提唱する。

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2005-05-11

幸せ追求、現行で可能

非戦の意志が重要
 護憲か改悪かという論争は不毛だ。
 日本国憲法は世界憲法にもなるような普遍的な内容だ。それは一つの理想の追求でいい。
 しかし、世界や日本がそのような方向で進んできたかというと、必ずしもそうではない。憲法が掲げる世界を目指すならば、社会のあり方やライフスタイルをそれに合わせていかなければならないが、現実社会はまったく反対に動いてきた。
 実際、こんな平和憲法があるのに、自衛隊はどんどん海外へ出ていくし、日本は今、いつ戦争が起きてもおかしくない状況にある。戦場に行かなければいけないと思えば実行してしまう、それが現実だ。解釈によっていかようにもなる。問題はどんな憲法の下であっても戦争には参加しないという意志と状況を絶えずつくれるかどうかだ。
 「護憲」と呼ばれる人たちのように、憲法さえ護っていれば戦争は起きないというのはおかしな話だ。戦争がなぜ起きるのかを考えなければならない。
 それは、「無限の経済成長」という国家目標、社会目標があるからだ。経済成長のために各国は競争し、資源やマーケットを奪い合う。その最たるものが戦争だ。第二次世界大戦以降、国際紛争に二百回以上介入してきた米国は、まさに戦争によって経済成長を成し遂げてきた。戦争とは、永遠の経済成長を求めるための経済政策の一つにすきない。

米国を手伝う改正
 今の憲法論議は九条改正が目的だ。戦争のやれる国にしたいということだ。しかし、日本単独で自由に戦争などできるわけがない。要するに米国の戦争のお手伝いをするための改正で、まったく主体性のない改正だ。
 そして九条改正は軍需産業の活性化に結びつく。日本はこれまで異常な進歩で経済大国になったが、今や国内の生産拠点は空洞化し、産業政策は行き詰まっている。後は憲法改正で武器を売買しやすくし、自衛隊が海外に出やすくして武器を使ってもらうことで経済を回転させようという発想だ。

価値観の転換必要
 その結果、何が起きるか。高校野球のようなトーナメント戦を想定すればいい。競争の結果、勝ち組はだんだん少なくなっていく。一番多いのは一回戦で負けた国で、これらは貧困国家となる。ピラミッドの頂点は少数だが、富はこの頂点にグロテスクなほど偏ってしまう。すると底辺にいた人々は反撃を開始する。それが今、テロや国内犯罪の増加という形で表れてきている。
 五百年前の大航海時代以降、世界はグローバリズム(地球主義)が極端に進み、今や極限まで来てしまった。金を独占することしか幸せはないと、世界中が走り始めてしまった。しかし、巨万の富を得ても、その人の一生で使いきれるわけではない。むしろ競争に勝つために人間性を切り捨て、不幸になるだけだ。
 二十一世紀はそうした社会目標、国家目標を大転換しなければならない時だ。もうそんなに欲張るな、数字を上げたからといってもうこれ以上、人間が幸せになることはないのだと言いたい。もっとゆったりと、時間や自然や人間関係を大切にした幸せの方向に価値観、哲学を転換する必要がある。それは今の憲法の下で十分できることだ。

(2005年5月3日「北海道新聞」シリーズ評論【憲法】より)