映画「帰郷」
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【第76回】公演 5月25日(土)名護市(沖縄県)

 名護は辺野古を抱える反基地運動の拠点である。
 議員時代には、2度ほど激励に訪れた。今回は立ち寄る時間がなかったが、この芝居の推進者たちの多くは、基地反対運動にかかわっている。
 さて、連続3回の公演で、観客の反応は、本土の公演で感じたものと全く同じだった。考えてみれば、戦争が始れば、真っ先に狙われるのは北陸や東北の原発立地か、米軍基地のある沖縄である。
 つまり、基地と原発は同質の危機を抱えているのである。
 最後の公演も、270人くらいの集客ができた。三日間とも同じような数字が並んだのは偶然だが、嬉しい驚きでもある。


【第75回】公演 5月24日(金)北谷(沖縄県)

 那覇を昼ごろ出発。北谷(ちゃたん)へ向かって北上。途中、宜野湾市にある民営の佐喜眞美術館に立ち寄る。
 沖縄出身の画家たちのコレクションで有名である。出身者ではないが、「沖縄」をテーマにした絵も数点。中でも丸木位里氏の「沖縄戦の図」は、壁一面を埋める大作で、迫力満点だった。
 建物の屋上には、西海岸を望む展望台がある。
 1945年4月、ナチスが敗北すると、米軍は日本を目指した。ある日、54万人の兵を載せた軍艦1600隻が、読谷村に連なる海岸にこつ然と現れ、水平線の景色は一変した。この日から沖縄の悲劇が始り、24万人が命を落とすことになる。米軍による占領状態は、今日まで変らず続く。この夜も観客はほぼ満杯。


【第74回】公演 5月23日(木)那覇市(沖縄県)

 前日の22日に那覇市に到着。夕方には、沖縄タイムズや琉球朝日放送のインタビューを受ける。その様子は、QAB朝日放送の動画で、今でも配信されている。その後、沖縄の知性を代表するジュンク堂で、小一時間のトークショーを行う。
 明けて、沖縄3日連続上演の初日。昼まで時間があったので、国際通りから、幾つかの商店街を散歩。沖縄には5、6回来ているが、今回は15年ぶり。風景にさしたる変化はなく、昔のできごとをなつかしく思い出した。
 今回の連続公演は、準備期間も短く、いわばドサクサまぎれの力技で決まったので、観客動員の結果が心配された。そんなスタッフの不安を吹き飛ばすかのように、270人の集客があり、ほぼ満員の盛況。
 公演後の飲み会には、出版界、社会活動、報道界などから錚々たるメンバーが20人ほど集合、議論の熱い花が咲いた。中村の隣席には、琉球大学名誉教授・矢ケ崎克馬氏が坐った。
 教授は、原発事故直後から福島で放射能を測定し、物理学の視点から、内部被曝の危険性を警告してきた。


【第73回】公演 5月17日(金)八代市(熊本県)

 近くには日奈久温泉があり、俳人・種田山頭火が泊ったという木賃宿が一軒、当時のまま保存されている。
 8年前、自作の2人芝居「山頭火物語」を、ここの大旅館の大広間で上演したことがある。この上演を推進してくれた人々が、今回の朗読劇上演運動の中心になっていただいた。八代市には、小規模の公共ホールがなく、小さいものでも500席のスケールだ。こうしたイベントでは、300人を集めるのも大変だという。今回は、フタを開けると400人の大盛況だった。新記録だという。
 またこの地は、国会議員時代に、球磨川や川辺川のダム問題で何度か視察しており、環境活動家たちとも顔なじみだ。今回は、なつかしい人々に会う機会にもなった。